歴史は、いつの時代も人々の興味をかきたてる。それは、ある人や時代が、その抱える課題の回答を歴史の中に見いだそうとするためであると、私は考える。この伝でいくと、ある時代の傾向を読むには、その時に最もブームになっている歴史時代を見ればよいということになる。では、最近、特に目立つのは?『縄文時代』である。
明治以降、そして特に第2次世界対戦以降の日本は、経済成長一辺倒でがむしゃらに進んできた。そして、経済的にある程度豊かになり、いざ心の豊かさを取り戻そうと振り返った時に、依ってたつべき文化も地域性も消えつつあることを知ったのである。
その背景には、経済発展のみが地域の力を計る基準であり、いかに都市化されているか、いかに東京と似通った環境にあるか、いかに他都市と均質であるか、などが尊ばれてきたことがある。しかし、現在、日本は大きな社会変革の時期にあり、地域性の重要さは、その文脈の中で再認識されつつあると言えよう。
地域性-それは、ただ単に歴史的遺物を守っているということではない。それらに加え、何よりも重要なことは、そこに住む人々の心である。東京と均質でなくても、或いは均質ではないからこその素晴らしさを認識し、それを誇りに思っているかどうか。つまり、過去の遺物にすがりつくのではなく、それを現代を生きる人々の中にいかに活かしているかということであると言えよう。
その点から見ると、東北地方の人々の心の中に現在も息づく自然との共生、生活文化習慣などは、気づく気づかないに関わらず、独自のものとして歴史の中でゆっくりと形成され、今日も人々の心の中に潤いを与えている、地域性の最たるものであると言えよう。そして、それを形成したのは、現在の経済システムを形作ってきた稲作農耕文化とは異なる狩猟採集を生業とした縄文時代という歴史なのである。そして、現在のシステムが綻びを見せ、新たな社会システムが模索されはじめている今日、このような歴史を持つ東北地方は、新たな価値観による・新たな社会の旗手となる可能性を秘めていると言えよう。
この調査研究は、以上のような問題意識に則り、縄文文化という視点から東北地方の基盤文化を探り、この変革の時代に東北の地域性をどう考えていくべきなのかを考察していうとするものである。
最後に、本調査に快くご協力いただいた考古学研究者をはじめとする各界の皆様、ならびに各関係者の方々に心よりお礼を申し上げたい。
1993年3月
ぴあ総合研究所