近年、縄文文化は一種の流行であると言っても過言ではないだろう。そして、その多くは、現代が抱える課題のアンチテーゼとして縄文文化を捉えている。そこで、ここでは、東北地方と縄文文化を考えていくにあたり、今日的な縄文文化の捉え方を整理すると同時に、この報告書での縄文文化へのアプローチ方法をまとめていきたい。
(1)なぜ、今、縄文なのか
[1]「縄文時代」の捉え方の歴史
縄文ブームの背景には、考古学を始めとする様々な分野の研究の進展と学際的な交流、それらによって明らかになった縄文時代像が意外性を持ち、ある意味では過度に人々の想像力をかきたてたことがあった。
縄文文化は、後述の研究史部分(第2章)を見ると明らかなように、第2次世界大戦以前は、人種・民族論争という微妙な問題との関わりから逃れることができず、結果として人種論と土器や竪穴式住居といった遺物研究の2方向に集約されてきた。
従って、縄文時代の生産組織や社会形態に関する本格的研究の多くは、戦後に始まっており、その試みの歴史は実は決して長くはない。しかし、上記のような縄文文化へのアプローチが進に連れて、縄文時代はそれまで考えられてきたほど落としめられるべきものではない、現在とは異なる社会システムにあっただけだ、ということが明らかになってきたのである。
[2]縄文文化の今日的
縄文時代が実際よりも不当に低く評価されてきた背景には、前述のように社会形態部分の研究成果が得られるまでに時間がかかったことの他に「日本文化の根底には米文化である」という考え方が影響を与えている。この考え方が極端化すると、農耕がなければ文化はない、といった方向性に進む。この考え方に則れば、弥生時代に米が入ってきたから始めて日本に文化が花開いたのであって、それ以前は、貧しく可哀想な人々が、腰に動物の皮を皮を巻つけて震えながら竪穴式住居に住んでいた、ということになる。
しかし前述のように、近年では、縄文時代は現在と異なる生業形態や価値観のもと営まれていただけで、そこにも人々の豊かな生活があったということが明らかになりつつある。それに伴い、米文化が現在の日本文化の根元をなすものであるとすれば、その流れの中で発生してきた今日の諸々の課題は、米文化的に考えたのではないか、といった提案もされている。
以上のような考え方に基づいて現在唱えられている縄文論のテーマはどのようなものであろうか。おおまかに俯瞰すると、以下のようにまとめられる。
1.「発展」をよしとする考え方へのアンチテーゼ
特に明治時代以降に顕著であるが、人間はすべからく発展に向かって生活していくべきであるという考え方が大勢を占めてきた。その発展を計る軸としては、「経済成長」が第一に挙げられ、これが右上がりに成長していくことが、社会の・或いは人間の存在意義とされてきた。現在でも経済指標などでは対前年度比較で右上がりに伸びていないと不安感にかられるものである。
もしも生活文化の基本的な発想が生業形態に左右されるとすれば、弥生時代以降の日本のこのような歩みは、基本的に農耕的なものであったと言えるであろう。それは、生産性・効率性・経済性を重視するものであるとも言える。しかし、まさにこのような考え方に則って進んできた近年の日本の急速な発展は、同時に多くの課題を生んでいる。この発展主義、効率主義に対する疑念が、農耕ではない生業形態を持ち1万年近くも続いた縄文時代への興味の根源の一つとなっている。
2.自然との関わりに特化して縄文時代に学ぼうとするもの
上記と関連するが、農耕的な方向性とは、土地を囲い込み、その範囲を自分のものと認識し、その中でイネという種だけを出来うるかぎり繁殖させようとするものである。ある範囲内で特定の種のみを繁殖させようとすれば、それに都合がよいように自然に手を加えざるを得ない。水田自体は逆に緑を保護しているとも言われるし、農業は重要な産業であるが、ここで課題にされているのは、自らの所有地における生産性をあげるためなら自然にどのような形で手を加えても構わないという考え方が極端に進むとどうなるか、という点である。
近年、地球規模で環境破壊への危惧が叫ばれている。その大半は、ある産業の生産性向上や、個人の経済力向上のために自然を利用した結果、マクロな視点からは大きな課題が生じてしまったというものである。これは、前述のような経済的な発展のみを評価するという現在の価値観が変化しない限り解決されない、という点で前述の1の項につながり、自然を改変するのではなく、自然と共生していた縄文時代の生活形態に学ぼうという点でこのテーマにつながる。
3.地域価値観の復活と自らのアイデンティティ探し
縄文文化がクローズアップされるに連れて、このような文化を築いてきた人々がその後、どのような経過を辿っていったのか、といった点に興味が集中してきた。
勝者が歴史を作り替えることはまま見られるが、正史と呼ばれる古事記や日本書記があくまでも近畿方面に中心を置いた支配者層の視点から書かれ、歴史の真実のみを語ってはいないことは既に明らかになりつつある。従って、狩猟採集を中心とする生活を送っていた縄文人と弥生人の間に葛藤があり、結果として農耕を基盤とする権力体制を持っていた弥生人とその末裔が勝利を収め、縄文文化を中心としていた人々・地域は敵方として書かれ、その影響が現在にも残っているとの考え方も見られる。
これらの考え方は、地域アイデンティティ確立といった視点から、現在の東京一極集中への反省、地域活性化といった課題と結びついて一つのテーマとなっている。
以上を見ると明らかなように、縄文時代が現在話題となっているのは、発展をよしとする価値観、ミクロな意味での経済的利益追求のためにはマクロ的に環境を破壊することはやむを得ないとする価値観、中央集権的価値観などの、現在の中心をなす価値観への疑念であると言える。言い換えれば、小手先の策を弄しても現代社会が抱える課題は解決できない、解決のためには根源的な価値変革が必要であり、そのために異なる価値観の事例として縄文文化を学ぼうとしているのである。