前章では、縄文時代とその文化について俯瞰してきた。
これはこの章の基礎となるものであったが、その中で、この時代の東北地方の重要性は、幾度も語られている。縄文時代を通じて東北地方は大きな文化発信基地であり、晩期に向かうにつれて、独自の素晴らしい文化を育んでいく。このことは、東北地方に対して多くのことを示唆すると言えよう。
その中でも興味深い点は、この文化が恐らく特定の傑出した人物によるのではなく、ひとりひとりの無名の人間によって形成されたということである。前章で述べたように縄文人の平均寿命は短い。その中で、長い時間をかけてこの文化は育まれた。恐らく、多くの縄文人たちが様々な思いを込めて東北に縄文文化の花を開かせていったと思われる。今日の東北地方、その中に縄文時代をどう考えていくか、ということを次章以降検討するにあたり、このことは重要な意義を持つと思われる。
また、一方、今日の日本人が持つ感受性・価値観の根源も、この時代にあるとも考えられる。事実、出羽三山など、東北の霊山に見られる山岳信仰の思想、ひきつづく弥生時代の稲作農耕の伝播の中で確立していった日本の民族宗教としての「神道」の基層的思想にも、ある部分では確実に縄文時代の宗教観にまで遡れる要素を含んでいると言われている。
この章では、前章までの基礎的な知識を踏まえつつ、以上のような考え方に則って、東北地方の縄文文化についてまとめていきたい。