tohokujyo 「縄文文化と東北地方―東北の基礎文化を求めて」 目次  前項  次項
第3章 東北の縄文文化
1 東北の縄文文化の背景
(1) 縄文時代東北の自然環境

ここではまず、東北地方の縄文文化を豊かに発展させた要因でもある自然環境について整理していく。


 前章で述べたように、旧石器時代から縄文時代に移行する頃は、最終氷期の名残で、気候は今よりもかなり寒くかった。しかし、それ以降徐々に暖かくなり、最も温暖化した縄文時代前期には、平均気温は現在より数度高くなっている。また、貝塚の分布や遺跡の土壌分析から明らかであるが、海水準も今より3〜4メートルも上昇していたらしい。その結果、中部・関東地方より北の地域は、東北地方を中心に、コナラ・クリなど の落葉広葉樹林に広く覆われ、海岸線は平野の中まで深く入り組んで、魚介類の採取にきわめて都合の良い環境をつくりだした。青森県小川原湖、岩手県気仙沼、仙台湾周辺の多くの貝塚遺跡はこの時期以降、縄文時代後期までに形成されたものである。
 そして更なる気候の温暖化は、近畿地方以西の植生をやがて常緑照葉樹林に置き換えるが、その食料供給力は落葉広葉樹林に対して著しく低かった。その結果、縄文時代全時期を通じて西日本の人口は伸び悩み、縄文時代を通して東日本よりも稀薄になった(注6)。これに加えて、九州南部地方の激しい火山活動は、九州から本州の大半を被うアカホヤ火山灰の存在にも示されるように、縄文時代前期初頭の段階で確立した南九州の縄文文化に壊滅的な打撃を与えた。“東高西低”と言われる縄文遺跡分布の片寄りは、実はこ のような過程で生み出されて行ったらしい。
(注6)縄文時代前期にそのピークを迎えた温暖化は、数メートルほどの海水面の上昇を招き、仙台湾・東京湾沿岸ではかなり内陸にまで海水の浸入がみられた(縄文海進)。西日本では、この結果森林の極相化が進み、落葉広葉樹林は次第に常緑照葉樹林に置き換えられていった。


目次  この項の始まり  前項  次項