DOKUJI 「縄文文化と東北地方―東北の基礎文化を求めて」 目次  前項  次項
第3章 東北の縄文文化
2 東北地方の縄文文化の流れ
(6) 華麗な漆工芸の発達 山形県押出(おんだし)遺跡と福島県荒屋敷遺跡

 多くの歴史的背景を持つ作品を今に伝える“漆工芸”。英語で「Japan」と言われるように、その技術は日本の美術工芸を代表し、現在もその高い芸術性は人々を魅了している。美術史上、漆工芸の技術は古く中国からもたらされ、それが日本的展開を遂げるとされてきた。しかし、山形県押出遺跡から出土した縄文時代前期の「彩文土器(さいもんどき)」は、この常識を見事に覆した、縄文人から美術史研究家への挑戦状であった。球状で口縁部に列孔を巡らせた「有孔土器(ゆうこうどき)」に、まず下地として赤漆をかけ、その上に黒漆をつかって細い幾重もの渦巻文を描いている。
 土器を素材とした「陶胎漆器(とうたいしっき)」はその後、縄文時代を通して製作さ れ、特に後・晩期には青森県是川中居(これかわなかい)遺跡や岩手県萪内(しだな い)遺跡などの出土例に見られるように、漆塗りの櫛・弓・壺・あみもの製品を素材と した藍胎漆器(らんたいしっき)など、さまざまな素材と組み合わされて発達する。
 しかし、それより数千年も遡る縄文時代前期の段階に、これほど確立した漆の技術が存 在するとは。彩文土器の出土は、デザインそのものが遠く中国の先史時代土器に類似す る、という意外性とともに、まさに晴天の霹靂にも等しいデビューであった。押出遺跡 からは、この種の土器が少なくとも5個体分発見され、さらに原料の漆を貯えた小形の 深鉢形土器も多数出土している。同じ前期段階の漆製品は、福井県鳥浜(とりはま)貝 塚でも出土しているが、今から約5000年前という縄文時代前期の年代観が正しいと すれば、日本で漆工芸の技術が確立するのは、新石器時代の中国よりも早い可能性があ る。
 最近、磐越自動車道建設に関連して調査された福島県荒屋敷遺跡では、縄文時代後・晩 期の、また現在さかんに発掘調査が進められている青森県三内丸山(さんないまるや ま)遺跡では、前・中期の、それぞれ漆工芸に関連する遺物多数が出土している。中で も、荒屋敷遺跡における、原木から生漆(きうるし)を採取して、それを精製する過程 で使われた、漆漉(うるしこ)し用の編み物の出土は初めてで、縄文時代の漆工が、現 在の水準とほとんど変わりないことを証明する。漆工芸も、「落葉広葉樹林文化」が育 んだ、魅力的な文化要素のひとつなのである。


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