jyomonmaturi 「縄文文化と東北地方―東北の基礎文化を求めて」 目次  前項  次項
第3章 東北の縄文文化
3 東北地方縄文人たちの“まつり”と“いのり”の世界
(3) “ハレ”と“ケ”・輪廻の世界観 秋田県大湯環状列石

 秋田県大湯の環状列石。そのあまりにも巨大で、「日時計」と呼ばれた奇妙な配石を含 むこの遺跡は、戦後まもなく調査され、縄文のストーン・サークルとして広く紹介され た。遺跡を細かく見ると、この列石は所在地の字名で野中堂(のなかど う)・万座(まんざ)と呼ばれる2つの独立した環状列石が、ちょうど8の字のように 連結した構造を持つ。それぞれの列石中には50基弱ずつの配石遺構が存在し、径10〜15メートルの「内帯」と、径45〜50メートルの「外帯」を、同心円状に組み合わせる。内 帯を構成するのは10〜15基、配置から東西2群に分けられる配石で、外帯は10〜15基、やはりその配置から東西2群に分けられるという。大形の立石(りっせき)の周囲に石を放射状に配した、かの「日時計」はこの外帯に接した位置にある。
 縄文時代の集落構造については、中期以降、2棟1単位の竪穴住居が、何単位かまとま り、2群のまとまりが合わさってひとつの集落が構成されるという仮説がある。調査事例の増加した今、この仮説をすべての集落にあてはめることはできないが 大湯の場合はまさに東と西の対立が、環状列石の内帯・外帯を規制し、さらに環状列=石自体が東と西で一つのセット関係を持つ。
 環状列石は北海道から中部高地まで、東北地方を中心に規模の大小を含めて、かなりの 遺跡で知られているが、そのほとんどは縄文時代後・晩期のものである。そしてその性 格については、今まで多くの議論がなされてきたが、最近の調査ではほとんどの遺跡< で、その配石の下部に土壙墓が存在し、環状列石の構築そのものが集団墓の造営と密接 に関わることが判明してきている。同心円の重圏構造、それは先述の西田遺跡などとも 共通するが、後期中葉の大湯遺跡では居住空間がこれに組み合うことはなく、環状列石 は、単一の集落をこえた、複数の集落を統合する「核」としての機能を併せ持ち、もっ ぱら祖先と共同体の集団祭祀専用の場として独立する。
ここに、縄文人たちの意識の中に“聖”と“俗”の概念、埋葬・祭祀の場と日常生活の 場との分離、つまり“ハレ”と“ケ”の世界の認識のめばえを窺うことができるのであ る。
 とぎれることのない円と円との組合せ。ここに見られる祭祀空間のデザインにも、縄文人の持つ、円環状に無限に連続する“よみがえり”の世界観が表現されているのではなかろうか。


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