以上のように、縄文文化は、現在の我々とは異なる社会システム/価値観の中にあった といえる。
〇縄文時代はパラダイスではない
しかし、ここで注意すべきことは、だからといって、縄文時代は決してパラダイスでは
なかったであろうことである。第2章で述べたように、縄文時代の人骨からは何本もの飢
餓線が見いだされている。つまり、その生業活動は、決して夢のように楽だったわけでは
なかったのであろう。その結果か、平均寿命は、1万年を通じて、数才単位でしか伸びて
いない。戦後日本の数十年単位での驚異的な長寿化と比較すると大きな違いである。
長寿であることが人間の幸せかどうかという哲学的な議論は置いておくとしても、少な
くとも全てがうまくいった世界でなかったことだけは明らかであり、そのことは、縄文時
代について語る際には決して忘れてはならないことであろう。
〇しかし、縄文時代から学ぶべきものも多い
だからといって、また極端に『遅れた時代』というのも間違っていると思われる。技術
や医療は現代と比べるべくもないかもしれないが、それ以外、例えば前述のような自然と
の接し方、効率第一ではない社会システム、経済的な生産性だけを価値基準にしない点な
どは、我々に多くの示唆を与えてくれる。
〇示唆1 経済・技術面での優位性、すなわち文化面での優位性ではない
我々は、社会はすべからく発展すべきであり、発展していないものよりも発展している
ものの方が正しい、文化にはその意味で優劣があり、進んでいる方に近づくために頑張ら
なければならない、といった強迫観念があった。この場合の『社会』とは経済/技術のこ
とであり、それが発展していることイコール文化面でも進んでいると見なされてきていた
のである。
しかし、技術や医療などの面では現代と比べるべくもない縄文時代に、上記のように様
々に学ぶべき点があるということ自体が、ひとつの示唆を我々に与えてくれている。それ
は、経済や技術の進歩も素晴らしいが、それによって、その社会が持つ文化をも評価して
しまうことは間違いであり、逆にいえば、たとえそれらが進んでいなくても、その文化や
社会システムには学ぶ点があるということである。それは、言い換えれば『全ての文化に
は素晴らしい部分と影の部分がある』ということであり、『全ての文化は平等に素晴らし
い部分を持つ』ということでもある。
現代日本の社会変革の流れを見てみよう。明治以降は『西欧に追いつき追い越せ』、戦
後は『アメリカに追いつき追い越せ』でがむしゃらにがんばり、多くのものを犠牲にしな
がらも、ある程度のレベルまで達成してきた。つまり、常に経済/技術が発展を遂げてい
る国を、文化・考え方・社会システムなど全ての面でお手本にしてきたのである。しかし
現在では、経済/技術面ではある程度まで追いついた。そうなると、自分たちで新しい社
会システムを見いださねばならない。しかし、ここ100 年の歴史では、経済/技術面での
比較が価値観の全てだったため、自らの手で新しい社会システムを構築することが困難に
なっているのではないだろうか。
当然のことながら、経済や技術力は、文化をある程度規定する。しかし、それが遅れて
いるからといって、文化の全て否定してしまうことは間違いであろう。本来、全ての文化
はそれぞれに素晴らしいものであるのだから。
〇示唆2 市場経済には乗らない『豊かさ』システムの構築
高度経済成長の過程を通じて、所得の上昇、消費水準の向上こそが『ゆたかさ』とされ
てきた。オイルショック以降、人々の価値観も物質的なものから脱物質的なものへと方向
転換したと言われているが、それは、基本的な財が行き渡り、求めるものが『モノ』から
『サービス』へと移行したということに過ぎない。
つまりこれらは『経済』を中心とした社会システムの中でこそ生まれたものであり、『
社会=市場経済』という認識に則っていると言えよう。逆にいえば、地域コミュニティ、
家族形態、高齢者、文化・芸術(中でも、市場経済に乗らない伝統芸能など)、自然・環
境などのような市場経済化が困難なものについては、社会の中心的な課題からは外れてき
たのではないだろうか。しかし、本来、生活や暮らしを支えるものは、市場経済にのるも
のに加えて、以上のような地域コミュニティや自然なども含めた、より広い意味での『社
会システム』であろう。
縄文時代を見ると、高齢者は文化の伝承者としての社会的役割を担うことによって、生
産活動(狩猟採集活動)に従事しなくても、社会的に貢献する存在として機能してきた。
また、情報流通においても、必ずしも一定の見返りを求めて情報を提供するのではなかっ
たと推察される。つまり、生産性だけが価値ではなく、これらの分野も含めた総体的なゆ
たかさを保っていたのではないだろうか。
当然のことながら、現代社会において市場経済は重要なものであるし、非生産面だけで
社会を構築していくことは出来ない。しかし、たとえ経済活動としては非生産的であって
も、今後は、前述のような地域コミュニティ等、『ゆたかさ』の充実のための活動も、社
会の付加価値を高めていく『生産性』のある活動として位置づけていくことが必要なので
はないであろうか。
〇今後の東北地方での縄文文化の活かし方
これらのことを踏まえ、現代の東北地方を振り返ってみよう。
これまでの東北地方、或いは日本全国の地域は、常に東京(中央)を向き、それとの経
済/技術面での比較をして優劣を競ってきた。そして、経済/技術面で遅れていると、そ
のぶん、文化等全てもだめだという考え方が強かったように思われる。その結果、各県の
駅前には東京文化の支店であるファッションビルが立ち並び、その数が増えるほど地域が
進んできたとされてきた。
しかし、こと東北地方について考えてみれば、その文化の源は、ファッションビルの数
や社会インフラの過剰充実にあるとは思えない。それらは確かに経済/技術面での発展を
もたらすし、新しい情報や文化を提供していく。これはこれで重要なことであるが、同時
に、本来は東京文化と対等に素晴らしいものであるはずの東北文化を、徐々に消していく
ことに加担する結果ともなっているのではないだろうか。
弥生時代以降、地方は中央から経済/技術面で比較されてきた。それによって強くなっ
た部分もあり、また、それによって失われたものもある。そして、その歴史を歓迎してい
る人は、東北には、実は多くはないのではないだろうか。それは、失ったものの大きさを
知っているためでもあるし、縄文時代以来の『全ての文化はすべからく素晴らしい』とい
う広い視野を、東北地方の人々が身につけているためでもあると思われる。
『縄文時代は、西南地方よりも東北地方の方が経済/技術的に上であった』という観方
はよく聞くところである。しかし、これでは、それまでの経済/技術中心の考え方に加担
していることになってしまう。
地域にプライドを持つことは大切なことである。地域住民のプライド確保、或いは観光
資源としての活用など、縄文文化をツールとして用いることも重要であろう。しかし、東
北地方に縄文文化が花開いた意味を、それだけで捉えてしまうのは、あまりに勿体ないの
ではないだろうか。このようなこと以上に、東北地方に根づいた・現在生まれつつある文
化の全てが東京の文化とひとしなみに素晴らしいものであるという考え方、これこそが縄
文時代の教えてくれるものであり、同時に東北地方の人々の財産であり、大切にしていく
べきものであると思われる。
近年の日本の異常なまでの経済発展は、東北地方からもこのような考え方を失わせつつ
あるように見受けられる。しかし、東北地方には、地域を愛し、自分たちの生活をいかに
楽しくしていけるか、地域文化をいかに活性化していけるか、ということで様々な活動を
行っている人がたくさんいる。
彼らの活動を助け、東北地方が縄文時代から持ちつづけている素晴らしい資質を再び取
戻し、新しい社会システムを構築していけるように手助けしていくことが、今後はより重
要になってくるのではないだろうか。