7時前、会場から退出する雄海に、主催者が声をかける。結局、雄海は出された蕎麦をすべて食べてしまったのだ。
エレベーターの前に立つ雄海に、再び声がかけられた。
「料理をひとくち食っただけで判断するなんて、そんな安易なことはもう止めとくんだな」
高岡吾郎である。雄海は、後ろを振り向こうともしない。吾郎はさらに続ける。
「たとえば山形の蕎麦のように、ひとくちじゃ判断できないものもある」
エレベーターが到着し、雄海が乗り込む。振り向くと同時に、雄海は扉を閉めた。そのとき、雄海が口元を歪めるように笑っているのを、吾郎は見て取った。
「あ、高岡さん!珍しいじゃないですか、時間より早く現場に到着するなんて」
吾郎の同僚の女性記者が、声をかけてきた。
「おいおい、珍しいはないだろう。よし、蕎麦を食いに行こう、蕎麦!」
「ちょっと高岡さん、これ、取材ですからね!」
ふたりは、試食会の会場へと入っていった。