高岡吾郎は、茶碗に口をつけながら唸っている。隣にいる栗原由希子が「あきれた」という顔をしている。
南北新聞社の企画『全国日本酒名鑑1996』のため、吾郎と由希子は山形を訪れていた。明日、山形市内のとある酒蔵を取材する予定である。
山形に着くと吾郎は「ネタ仕入れ」の名目で、いちばん売れている地元酒蔵の吟醸酒を買ってきた。そして旅館に落ち着くと、まだ夕方にもかかわらず、由希子の部屋に押しかけて飲み始めてしまったのだ。
「高岡さん、そのお酒、そんなにダメなんですか?」
あきれ顔を残したまま、由希子が吾郎に聞いた。吾郎が渋い顔で答えた。
「いや、けっこう旨いんだけど…なんか違うんだよな。由希子も飲んでみろよ」
勧められ、由希子も備え付けの茶碗を手にとり、その酒を飲んでみる。
「…そうですか?私はこれで良いと思いますけど。あんまり辛くなくて、香も良いですし…」
「うーん…」
それでも吾郎は、唸っていた。