吾郎が叫んだ。喧騒のなかでも十分に響く大きさだ。何人かがこちらを振り返る。由希子も雄海のことは知っている。吾郎の父親、しかし、今はいがみ合う者同士である。
「ふん、私の弟子が郷里の山形で店を出すというので、来てやったのだ。それにしても吾郎、山形の保存食が漬物しかないというのは、まったく笑わせる…」
「違うぞ、たとえば米沢の辺りでは、押し寿司が保存食として作られている。漬物は保存食の基本だと言っただけだ!」
雄海は、笑みを浮かべて言った。
「ならば、久持良餅(くじらもち)を知っているか」
と、吾郎の表情が変化しだした。狼狽しているのが、由希子にもわかった。
「狭い知識しか無いくせに、一人前にものを語らんことだな」
笑いながら雄海は、立ち去った。吾郎は怒ったような情けないような表情をしたまま、雄海の後ろ姿を見ていた。