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山形県には、43市町村があります。その約半分の23市町村に最上川は流れています。取材は、流域市町村を中心に取材に訪れました。
日時は、9月から12月の毎週土日。晩秋から冬にかけてという季節がらも重なって、大変な取材でした。
「物語をつくり、下調べをしてから取材に行く」という形式が普通です。しかし、私達は現場を見てから、物語にするという形式を取りました。
料理で言う「レシピをみてから料理を決め材料を調達する」のではなく、「材料をみてから、料理を決め味付けする」ということにこだわりました。
山形県外の方にも、山形のイメージがより多く伝えられると考えたからです。
1995年の9月から12月にかけての週末の天気は、全て「曇り/雨」。この季節、風も雨も冷たい。当然、外に出ている人も少なく、インタビューをするのが大変でした。
その中で、劇的な出会いだったのが、「大石田町のブルーノーさん」「白鷹町の横澤さん」です。
「大石田町のブルーノーさん」
「山形に4つ目の渡しが出きるらしい」ということで大石田町に取材に行きました。すると、同じように、山形情報紙『うぃずy』の方も取材に来ていて、偶然にもお話するチャンスに巡り合いました。
「ここの近くにブルーノーさんという、フランスからきた陶芸家がいるので、是非お会いしてみるといい」と。
早速教えられた場所に行ってみると、ろくろをまわして製作の途中で、お話する機会をもうけることができました。
さすが!名人!
ぎこちない手付きで『紙すき』を行っているのが私です。
「白鷹町の横澤さん」
『和紙』というのは、毎日紙をすいているのではなく、山へ材料となる木を取りに行ったり、天日干しをやったりと様々な作業があります。
そのなかで、たまたま『紙すき』をしていらっしゃる日に取材ができ、名人の技を見ることができました。
実際に『紙すき』を体験することもできました。初体験!
仕上がりは…と申しますと、和紙を均等にできず塊になってしまい、立体物になってしまいました。
奥の方でご指導なさっていらっしゃるのが、横澤さんです。
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