ed.king.gif011-2/11 SFマガジン、なかなかの宇宙特集だぞ
 


<SFマガジン10月号目次>

特集 宇宙開発の光と影
錆びついた発射整備塔と芝生の飾りもの
宇宙時代とサイエンス・フィクション(スティーヴン・バクスター/中村融訳)



ed.sato.gifRe アポロは遠くなりにけり
 


 冗談ではなく、いまどきの若いモンは人類がかつて月に着陸したという事実を知らないのである。アポロは遠くなりにけり。
 ヒコーキに毛が生えたような乗り物が周回軌道上でゴチャゴチャやってるの、あれは私が考える宇宙開発ではない。あくまでロケットはとんがってなきゃダメだ。車輪を出して滑走路に着陸するなんて、宇宙船としてあるまじき行いである。許せない。
 男らしい宇宙開発が復活することは、果たしてあるだろうか?



ed.yamana.gifRe 天の光は全て星
 


 昔のSF少年といえば家に天体望遠鏡があるのが当たり前だった。

 みんな、大人になる頃には、宇宙にいけるものだと思っていた。ウは「宇宙船のウ」だったし、天の光は全て「星」だった。
 日本にSFが本格的に定着した50年代といえばスプートニクの時代。それから有人飛行、宇宙遊泳、そして月着陸と時代は突き進んでいった。宇宙を自分の手につかむまでもうすぐに思えた。「世紀内には火星に有人飛行」、当時、NASAはそんな計画を発表していた。

 だが、70年代、80年代、事態は急変する。
 SFは、いつの間にか、特別な人だけが楽しむジャンルじゃなくなっていた。著しい「拡散と浸透」。誰もがSF「的」な仕掛けに抵抗を持たなくなった今、SFは、メジャー化したというより、雲散霧消してしまった。

 そして宇宙計画もそうだ。

 NASAは、人類を宇宙に連れていく栄光の組織ではなく、アメリカの財政を食いつぶす金喰い虫に成り下がった。火星への有人飛行はおろか、月にすら飛ぶことはなくなり、スペース・ステーションも、「何日間宇宙空間にいられるでしょ〜か」記録に挑戦したり、あるいはメダカを泳がせてみたりするのが関の山のしょぼい状況から抜け出せそうもない。
 コロニーは、軌道エレベーターはいったいどうしたんだ?

 正論を言えば、科学技術が神話だった時代は遥か彼方に過ぎ去ってしまった、ということなんだろう。日々の技術革新は、今や、明るい未来を思わせるものではなく、当たり前の日常的な現象に過ぎない。同時に、宇宙船も、パワードスーツも、超能力も、三角関係や殺人事件と同じくらい、ありふれた物語の仕掛けになってしまった。
 でも、と、かつてのSF少年は思うのである。
 でも、やはり宇宙には行ってみたいのだ。人類は、宇宙へと、進出するべきなのだ、と。

 今年、NASAは火星に探査船を送り込んだ。本当にひさかたぶりの大ヒットである。内情は、と言えば、NASAが、性能主義・完全主義から、コスト削減第一の効率主義へと転換したが故の成功であり、国家予算を湯水のように蕩尽していた過去の栄光とはかなり状況は異なる。
 それでも、成功は成功だ。赤い惑星への足がかりを掴んだのだ。

 そして最古参にして、今や唯一のSF誌となってしまった(かつては6誌もあった)SFマガジンでの宇宙特集。我々は再び宇宙への夢をつむぎ出せるのだろうか。


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