ed.karasawa.gif 唐沢俊一の裏の目コラム
別冊宝島『実録!サイコさんからの手紙』
 

 こないだ、某所でサイン会をやった。100人以上のファンが詰めかけてくれて、幸い盛況だったが、そのうち10人に一人が
 「ところで伊藤(バカ)くんは、その後どうしてます?」
 と訊いてくる。あの夏、袂を分かってからもう半年以上顔をあわせていないけれど、あいかわらず人気ものだなあ、とうれしくなってしまった。
 あの文章と、鶴岡法斎・編のアスペクト『新世紀の迷路』をあわせてお読みいただければ、伊藤(バカ)くんの魅力は、彼を御存知ない方にも十分に伝わると思う。ただ、彼に関しては、彼ばかりでなく、彼のステディであるところの太田出版『QJ』編集部のO女史も実にいい味を出しているので、そっちの人柄に関しても、近々、どこかでご紹介したいとは思うのだが。

 とにかく伊藤(バカ)くんに関しては弟も含め、あんまり回りからのリクエストが多いので、そのうち一冊、本を書かねばならんと思っているくらいなのだが、なんで一介の元アシスタントのことにこうまでこだわるか、というと、いろいろ理由はあるものの、結局FCOMEDYSの裏モノ会議室で常連の金成由美さんが言っていたように、
 「なんで、そこ(こっちからのツッコミ)を転がしてもっと笑いをとろうとしないのか」
 というじれったさ、に収斂されていくと思うのだ。
 伊藤(バカ)くんはたぶん、小学校や中学校で、バカをやって周囲を笑わせたという経験を持たないのではないか。教師や親の期待に、とにかく誠心誠意、応えていくことをもって処世術としていたのではないか。だから、あの文章にも書いたが、(バカ)という呼称に極端に神経をとがらしていたのだと思う。
 そういう生き方を、悪いとは思わない。彼が口癖のように言う“世間との折り合いをつける”もっとも無難な方法だろう。だが、そういう育ち方をした人間というのは、どうしても、他者との距離感をつかめなくなる。笑い、というものはもっともTPOを敏感に察知しないことには、すぐハズしてしまうものだ。彼がお笑いの会議室に「何でもかんでも笑い飛ばすお前らの態度は間違っている」という、すさまじくハズした書き込みをしたのも、畢竟、このTPOをよむ能力のなさ、によるものだと思うのだ。そう言えば、彼が初めて「と学会」の会合にやってきて、ネタを発表したときの凍り付いたような会場の雰囲気、いまだに思い出すなあ。

 ギャグ人間には二つの型がある。テンネン派とツクリ派だ。ツクリ派は、どんなに頑張ってもテンネン派にかなわないところがある。ただし、テンネン派は一人だけでは動きがとれない。その天然のボケに対しツッコミを入れる役が絶対に必要だ。
 伊藤(バカ)くんは、どうやら自分をツクリ派と思っているらしい。冗談ではない。彼は生まれながら、徹頭徹尾のテンネン派なのである。僕や岡田斗司夫、眠田直なんかは彼のその生得の笑いの才能に感動して、なんとかその笑いをみんなに紹介したくって、せっせと損な役回りのツッコミに徹してやっていたのである。そのおかげで、彼はオタアミ会議室の人気者になり、誰知らぬものとてない有名人になった。眠田直が言っていたものである。
 「・・・・・・なんで彼、ペンネームを“伊藤(バカ)”にしないのかな。そうすれば単行本、初版で2万は確実にいくのに」
 だが、彼は自分の本来のその持ち味に気づくことなく、(バカ)という呼称も徹底して嫌い、彼と双子のような思考パターンの持主である『QJ』の彼女と、ひたすらに“おリコウ”さんへの道をめざしている。おリコウさんへの道とは何かというと、アカデミズムの人たちに犬のように尾をふることらしい。少なくとも、『QJ』での東浩紀氏へのベタベタを見ると、そう思える(東くん、二十いくつで自伝を試みると後で恥ずかしい思いをするよ)。

 僕が何かにつけて彼の話題を持ち出すのは、彼に言わせると(知人のライター氏に本当に言ったところによると)、
 「唐沢さんがオレに脅威を感じているため」
 なのだそうである。ずいぶんと過小評価されたものだ、僕も。
 ただ、ホントウに、彼と、その彼女、および彼ら二人をとりまく人々というのはユニークで面白い。これにツッコミを入れたくなってしまうというのは、これはサガ(性)ではないかと思う。猫の前にカツブシを放り出したようなものだ。そういう意味では、確かに彼の存在というのは、僕にとって、面白すぎて脅威的、なのである。

 最後に、彼が天然でかましたギャグをひとつ、ご紹介しよう。『新世紀の迷路』の編者、鶴岡法斎のもとに彼が電話してきた話だ。彼は、オタクたちが本質的なものに感動することを拒否する許し難い冒涜者だ、とさんざいきどおり、あのような連中に未来はない、と断言する。
 「唐沢俊一や岡田斗司夫がエヴァンゲリオンをことさら冷笑しようという態度に出るのは、あの作品の出現によって、クリエイティブ・シーンが全く塗りかえられ、自分たちが葬り去られることに対して恐怖感を抱いているからなんだよ。エヴァのシンジくんというキャラクターの出現で、世の中における“カッコよさ”の概念は塗り替られる。ああいう、他者との間に心を開くことのできない少年の姿が“カッコいい”ものになるんだ。オタクたちのアイロニー的な思考法は排除されるし、もちろん唐沢・岡田は失脚し、今までの、オタクたちに支えられてきた安直な“終わらない学園祭“ノリのマッチョな主人公はアニメの世界から駆逐される。そして、たとえばジャニーズ事務所は、シンジくんのような暗い男の子をアイドルとして売り出すことになるだろう。マンガにも、そういうキャラクターを出せ、という世間からの要求がビッグコミックスピリッツなどの編集部に山積みになる。しかし、これまでのマンガ家の中には、あのような主人公の内面を描くことのできる人材がいない。そこで、オレのところに、“ぜひ、ウチで巻頭カラー連載をお願いします”と、編集長が頭を下げて頼みにくるんだよ!」
 エヴァ効果による将来の予想としても傑作の部類に属すると思う。予想というより、もはや妄想の部類に属するのかもしれないが。




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