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manga.r.gif大塚英志のおたく社会時評 第十回
岡田斗司夫について
 


 それにしても岡田斗司夫にはあきれた。
 昨年末、「ポケモン」騒動が起きた直後、ぼくはこのスペース用に急拠、騒動につ いての見解を記す原稿を送った。担当の人間と、それからこのホームページの運営上 の責任を実際に持っているシンクタンクの担当の人間に電話で了解をとり、原稿を送 った。しかし、それは掲載が保留となった。岡田の判断だそうである。
 理由については間に入っている人間からいろいろ聞かされたが、シンクタンク側に 公式に文書で出させたものには、内容に緊急性がなく、かつ、ホームページの更新サ イクルを崩せず、かつ、岡田の反対に抗してまで原稿の更新を行なうと、岡田を解任 するという話になりかねない、というものだった。そしてシンクタンクが関わる別の ホームページならすぐに掲載できる、また、次の更新日になら掲載できる、という。  ぼくは別に原稿料を余計によこせといったわけではない。ネームページ内の原稿の 差しかえにコストや手間がかかるとも思えない。まして、次の更新の時に載せられる のに今、載せられない、他のホームページはあっせんできる…なんとも半端なお役所 的な見解である。
 まして、今、公開するに値しないと判断した原稿を2週間後なら掲載できる、とい うのはナメた話である。またこのホームページがそんなに律儀に更新をやってきたと も思えない。
 ぼくがこのホームページにコラムを書くことになったのは依頼してきた人間が、徳 間書店時代の同僚であったことと、インターネットなら緊急を要する際に発言が可能 だろうと考えたからである。更新は一応のめやすである、というニュアンスだったし、 インターネットの価値なんてそこにしかない。
 岡田が掲載を保留した原稿については、加筆して活字の媒体に掲載する。緊急用に 用意した原稿を今さら載せても仕方がない。
 さて、それにしても岡田斗司夫である。たまたま今日付の朝日新聞に岡田の記事が でていた。それによると岡田は<オウムなど、奇怪な事件のたびに後ろ指さされるオ タクを「僕も同じ」と弁護し>てきたのだという。
 岡田が宮崎やオウムや神戸の事件で<おたく>を擁護することに身体を張ったとは ぼくは不勉強で全く気がつかなかった。神戸の事件で何かTVでコメントしているの を見た記憶があるが、それは<おたく>の「弁護」には聞こえなかった。
 例えばオウムの時は、<おたく>を背負おうとしたのは宅八郎ではなかったか。彼 らが何者であるかをめぐる言葉を紡ごうとしたのは宮台や森岡ではなかったか。業界 関係者でその責任を背負って発言したのは「ガンダム」の富野氏だけではなかったか。  あるいはどこかで何かを岡田は語ったかもしれないが、岡田の発言でこれらの事件 における論調に変化が生じたとぼくには思えない。
 だが、その岡田は先の記事によれば自らの「洗脳力」によって「世間のオタク化」 を進める「実験」をしていたのだという。それによると世間の「オタク化」が進み、 「エヴァ」がヒットし、<論壇が「オタク評論家」であふれかえって>いるのもどう やら、岡田の「実験」の成果らしい。
 記事にする朝日も朝日であるが、庵野も岡田の「洗脳力」のおかげで「エヴァ」が ヒットしたと言われちゃどうすればいいんだ。論壇の「オタク評論家」は例えばぼく のことなんだろうけど、困ったことにぼくはもう10年近く、論壇誌と呼ばれる場所で 仕事をしているのだが、これも岡田の「洗脳力」のおかげとは知らなかった。
 普通、こういうのは妄想というが、きっと「洗脳力」に庵野もぼくも操られてしま ったようだ。恐しいことである。
 皮肉を言ってもばかばかしくなるだけだが、一つだけ解説しておきたいのは、岡田 が持ち上げ、ビジネスの手段にしたのは<オタク>であり<おたく>ではない、とい うことだ。
 かつて中森が名付けた<おたく>が、いつの間にか<オタク>になることで、漂白 され、抜けおちていったものがある。岡田が関わり持ちあげ、そして彼の「洗脳力」 とやらで普及したのはあくまでも<オタク>だ。
 宮崎勤が何故、4人の少女を殺したのか。
 オウムに我々が感じた救いようのないおぞましさの正体とは何なのか。
 それは宅八郎が具現しようと欲しているものかもしれないし、庵野秀明の可能性と 不可能性にも関わる。
 そういうものがすっかり抜け落ちた後の<オタク>は、水で貼りつけるタトゥー程 度の誰にでも手が出せるアブナイ流行にすぎない。だが、<おたく>が<オタク>に なる過程で抜け落ちていったもの、不問に付されたものがある。岡田が「オタク評論 家」とひとくくりにした連中の多くは、しかし、その不問に付されたものが何である かに拘泥し続けている。香山リカがTVゲームを臨床に持ち込み、ぼくが宮崎勤と今 も関わり(裁判はまだ終わっていない)、あるいはぼくに批判的な宮台なり切通なり がことばにしようと格闘しているのもつきつめれば「おたく」と「オタク」の間で抜 け落ちたものをめぐってではないか。
 宮崎事件の時、ぼくは誰もが皆、おたくではないか、と記した。10年近くたって、 誰もが<オタク>化した、と岡田は言う。
 岡田とぼくの違いはそういうことだ。
 岡田が<オタク>にあきて下町を歩くのならそうすればいい。
 けれども岡田が忌避し続けた<おたく>をめぐる問題に決着はついていない。無論、 岡田には最初からそんな問題は不在なのだから、幸福な男である。せいぜいあさって の方向に「洗脳力」を鍛えて電波でもなんでも飛ばしていてほしい。
 ただ一つ、ぼくの前に立つな。
 ジャマである。

(1998.01.09)

付記
 このホームページは岡田に批判的なことでも載せる、それ故、掲載保留となった原 稿に岡田批判があったことがその理由ではない、という公式見解がぼく宛に出されて いる。したがって、この原稿が掲載されても、それはぼくとの交渉の結果出された上 記の言質に基くものであり、ただちにそれがこのホームページの公正さを示すものに ならないことを記しておく。ぼくはとても性格が悪いので。


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