006/11 オレはこの発想、結構好きだな。
<見えてきた最終形 「FFVIII」プロデューサー坂口博信氏が語る「FFVIII」(『電撃王』1998年7月号)
ユーザーに考える隙を与えないそれがゲームの理想
・・・いずれにしてもユーザーが入り込める作品を作りたいですね。結局のところ、ただ映像を見せたい訳ではありませんから。インタラクティブなものを目指している訳ですし、そうである以上、ユーザーが世界に入り込むことができなければ、ゲームとしては失格だと思います。この点「VIII」のときでも、ムービーが流れた瞬間にプレイやーがしらけてしまわないようにと常に考えていました。
ユーザーが考える隙を持ってしまうと、彼らはそこでの演出意図やテクノロジーなどを冷静に見てしまう訳です。そうなるとゲームとしては失敗でしょう。・・・
Re 電撃王はしてやったりですネ!
ゲームとは、適度に考える事が許された娯楽であるが故に発展したきたんじゃないでしょうか? という疑問を抱かずにはいられない発言です。
これは、RPGの戦闘とは、絵本を次のページにめくらせるためのモチベーションでしかないと断じているのと同じ発言で、ゲーム業界の末席を汚すものとして、道義的に見逃すことは出来ない発言です・・・
・・・とまあこのように、内容的には通り一遍の突っ込みドコロはあるにしても、わりと筋の通ったことを言ってるんですけど、一番凄いのがこの表題です。ユーザーに考える隙を与えないですよ。
この台詞を宮本茂氏や堀井雄二氏が吐いたとなればまた違う受け止め方もあります。飯野賢治氏が吐いたとしてもそれなりに受け取られるでしょう。でも、よりによってスクウェアの坂口さんの吐いた言葉となると、途端に意味が変わり、邪推しろと言わんばかりの言葉になってしまいますね。なにしろ、ゲーマーの間ではゲームによる愚民化政策を取ってるんじゃないかとかえらい言われようなお人ですから。
電撃王編集部もわざわざ、前後の文脈を無視したときに一番誤解を招きそうな部分をわざわざピックアップしてるあたりがとてつもなく意地悪だなぁ。
えてしてこういう部分にこそ本音は宿ってたりするのは否定しないけど。
でもまぁ、編集部的にはこの言葉を吐かせるためにインタビューしてたようなもんでしょうから、今回は電撃王編集部のしてやったりという高笑いが聞こえてきそうなインタビューですな。(ABC)
Re 情報漬け作戦
うむ、さすが。
「情報に溺れさせる」というのは、オタク業界のスーパーハイテクニックなので、これをあえて口にするとは他人に追随させないよほどの自信があるのだろう。
ドラゴンクエスト6では周囲でかなりの人間が途中放棄している。というのも自由度を重視したばかりに途中から「何をやって良いか分からなくなり」飽きてしまったのだ。
人間せっぱ詰まった状態でなければ物事は動かないものだ。イベント>イベントで情報漬けにしてフラフラにさせたほうがむしろ事は早く進むのである。
実際FF7は慌ただしい割には細かいシーンが記憶に残っていない。というのも世界観の統一性や雰囲気が、めまぐるしく環境が変わるのでまったく覚えている(気持ちが入り込む)隙がないからだ。
ゲームとしてはたっぷり50時間は遊んだので面白かった事は確かなのだが。消費される断片を作っているクリエイターとしては自分の才能を使われてるだけであまり楽しくはないだろう。
商業主義に向かうのか、クリエイター主義に戻るのか、どちらにせよスクエアにはこの先大きな落とし穴が待ちかまえているに違いないだろう。(原えりすん)
Re そうだ、そうだ考えたくないぞ
「考える隙を与えない」。いや〜、いい言葉ですね。
エンターテインメントはこうでなくてはいけません。私なんか、つまんない映画見てると、その間中ずっと「ロケハン失敗してるな〜」とか「原作からこの登場人物落としてプロット整理すればよかったのに」とか「布石をうつのはいいけれど、カメラやりすぎだよ」とかぐずぐずぐずぐず考え続けてしまいますからね。
終わるまで「考えさせない」「時計を見させない」というのが、娯楽の王道であるべきなんじゃないでしょうか。
んでま〜、かのFF7を途中で飽きて放りだしてしまった堪え性のない私としては、FF8自体にはあんまり期待もないんですが、FF9と一緒に制作中とかいう大作映画の方には凄く関心があります。
「考える隙を与えない」素晴らしい映画になることを祈っております。
いや、ホント、マジで。
だって、それでこそ、ハリウッドと提携する意味があるんだから。( 山名 尚志)
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