manga.k.gifトクサツ者、かく語り記 第一回
モデル・アニメーションの神に遭遇!
〜レイ・ハリーハウゼン講演レポート〜

 



 え〜今回より、特撮、ヴィジュアル・エフェクト映画の最新動向と情報に言及したコラムを担当することになりました。愛想のない挨拶で恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします。
 (ドリー・蛇臼)



 のっけからナニだが、皆さんは【レイ・ハリーハウゼン】を御存知だろうか?

 年端もいかない特撮ファンからは「誰じゃ?」という冷たい反応が返ってきそうだし、オールドマニアからは「おいおい、最新動向うんぬんと言いながら、いきなり古典のお勉強かいな?」という声も聞こえそうだが、『原始怪獣現わる』(53)のリドサウルス、『シンドバッド7回目の航海』(58)のサイクロプス、そして『アルゴ探検隊の大冒険』(63)のスケルトン・アーミーなど、数多くのクリーチャーをクリエイトしてきた天才モデル・アニメーターだ。つい最近もローランド・エメリッヒ監督『GODZILLA』の劇中、氏の名作『水爆と深海の怪物』(55)のワンシーンが畏敬の念をもって引用され、そのカリスマぶりを再認識させた。特撮を愛する“トクサツ者”にとって、まさに「神」にも等しい存在なのである。

 そんな神様が先月、日本にやって来た。隔年ごとに広島で開催される【国際アニメーションフェスティバル】で、今回「ハリーハウゼン特集」という特別プログラムが組まれ、その講演ゲストとして来日したのだ。  当大会の「国際名誉会長」という肩書きを持つハリーハウゼンだが、正直言うと個人的には“実写映画の視覚効果マン”という認識が強いだけに“アニメーション作家”としての位置づけには少々違和感を覚える。そのうえ「レトロスペクティヴの極みにあるような彼をアニフェスが何故いまさら?」という念もないではない。
 しかし、生ける伝説も御歳79才。失礼な言い方だが、この機を逸せば二度とお目にかかれまい。「モデルアニメの神を拝まずして、何のトクサツ者ぞ。その姿、しかと我が裸眼に焼きつけよう」とばかり、当方も遠く広島へと赴いたのである。



 8月21日当日。会場であるアステールプラザ大ホールの前は、「すんげぇ修羅場になるかもよ」という当方の気合いをスカすように閑散としていた。「平日の昼間だし、無理もない」と自らに言い聞かせつつ、気まずい思いで会場入口に陣取るも、開場30分前からボツボツと聴講客が集まり始め、10分前にはむせかえるような長蛇の列となった。
 同行した友人や現地の知人らと「もう相当のトシだから、動きが人形アニメしてたりして」「誰かが背後で動かしてんだ。それじゃストップ・モーションじゃなくてゴー・モーションだな」などと、神を崇めに来たワリには尊敬のカケラもないことを談笑しつつ開場を待っていると、緑色のカッターシャツを着た長身の老人が笑みを浮かべながらスタスタと傍らを横切り、そそくさと会場入りするではないか。

 「う、うぉお!あれは・・・」

 頭で認識するより先に言葉が漏れる。そう、まぎれもないハリーハウゼン本人だったのだ。しかし、いましがたの会話と現実とのギャップに、邂逅の感慨などあったもんじゃない。なんだ、ピンピンしてんじゃねぇかよ!


 「いともあっけない対面」から間もなくホールは開場、我々は躊躇なく最前列に鎮座する。そこで落ち着く間もなく早々にプログラムは開始となり、壇上中央にハリーハウゼン御大が登場する。トクサツ者、まさに至福の瞬間。場内割れんばかりの拍手だ。

 「私は13歳のときに『キング・コング』と出会い、この世界に入りました」

 この第一声をプロローグに、講演は「(彼の担当した作品の)ダイジェストフィルム」上映や、「プリ・プロダクション用のドローイング、イメージボード」をプレゼンキャメラで観せつつ、質疑応答を交えながら進行していく。
 質疑応答は主に「パペット(人形)のスケール基準はどうやって決めるのか?」「撮影現場の作業人数は?」といったテクニカルな質問が占めたが、なかには「好きな食べ物は?」やら「あなたには破壊的衝動があるのか」「緻密な作業を好むマゾヒスティックな面があるのでは?」という珍問も飛び出し、「ここは心理学講義の場かい?」とハリーハウゼンを苦笑させる場面もあった。

 しかし、老体のワリには饒舌な御大。モデル・アニメーションを【ダイナメーション】と呼称していることに触れ、

 「“ダイナミック”と“アニメーション”をかけあわせた素晴らしい造語も、作品を重ねるつどに【スーパー・ダイナメーション】【エレクトロニック・ダイナメーション】と変称し、果ては【ダイナラマ】などと、アニメーションとは全然関係ない名称に変わっていって閉口したよ」

 などと愚痴をこぼして場内を笑わせたり、

 「モデル・アニメーションは“パントマイム”の要素を大きく包含している。それだけに、パペットの躍動感は音楽に支えられる。『キング・コング』の【マックス・スタイナー】や、私の作品を4本担当してくれた【バーナード・ハーマン】などの優れた作曲家は、見事に命を吹き込んでくれた」

 と、モデル・アニメーションの本質を見据えた氏ならではの含蓄溢れる言説があったりで、聴講者を決して飽きさせない。

 さらに講演も後半に入るや、ハリーハウゼンは仰々しいアタッシュケースを持ちだし、なにやらビニールに包まれた物体を取り出す。ビニールを広げると、中からはスケルトンやメデューサといった、撮影に使われたパペット(一部複製モデル)が現れたではないか。会場から溜息まじりのどよめきが起きる。当方も思わず感動してしまったではないか。


 ほどなく講演はフィナーレを迎え、惜しみない拍手で幕を閉じたものの、ハリーハウゼンが持参した撮影用パペットの前には、実物を間近に見ようと人垣が絶えない。トクサツ者なら誰もが欲しがる垂涎の品だけに、皆の見つめる視線が怪しさをおびている。そんな光景に空恐ろしいものを感じつつも、とりあえずの満足感で当方は会場を後にした。



 かくしてプログラムは無事終了したが、このあと別会場でハリーハウゼンを中心にした【フレーム・イン】なるワークショップ(研究集会)が行なわれるということで、それにも参じることにする。

 ここでは先ほどの講演よりさらに「微に入り細に入った」質疑応答がハリーハウゼンと聴講者との間で交わされる。俳優とアニメーションとのコンポジット(合成)プロセスについての技術論や、ハリーハウゼンが企画に関わっていながら、公式の文献ではあまり記述されていない幻のプロジェクト『宇宙戦争』(のち1953年に映画化。視覚効果担当はジョージ・パル)に関する質問が出たりと、場はかなり「濃い」空気に包まれていた。

 しかし、矢継ぎ早の質問と設定時間の少なさからか、フレーム・インはあっという間に終了時間となる。そこで、最後の質問者が、場を締める意も込めて以下の質問をハリーハウゼンに投じた。

 「もし現在、充分な製作費と期間を保証された商業映画のオファーが来たら、どのようなアプローチで視覚効果を担当するか?」

 ハリーハウゼンはそれにこう答える。

 「私はモデル・アニメーターだから、得意な手法を用いてトライするよ。そこにCGを併用することで、さらにファンタスティックな絵作りの効果を高めるだろう」


 氏は1981年の『タイタンの戦い』を最後に現役を退いている。モデル・アニメーションという、気の遠くなるような手作業を己が身に強いたすえの「体力的限界」が引退理由だが、なにより『スター・ウォーズ』(77)のヴィジュアル・エフェクト革命以後、視覚的リアリティを追求するアメリカ(orイギリス)映画が、彼の古典的手法を必要としなくなったことも歴然たる要因だ。
 個人芸や伝統芸という「粋」は合理主義の中で淘汰され、ハリーハウゼンはそれに背中を押される形で引退を余儀なくされた。さらには氏の後継者といわれた【デヴィッド・アレン】や【ジム・ダンフォース】も、ディジタル・エフェクト全盛の現在において、その活躍の場は矮小化されてしまっている。

 しかし、ハリーハウゼンが思いを駆せる「モデル・アニメーションとCG(コンピュータ・グラフィック)の融合」は、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(93)や『ジャイアント・ピーチ』(96)といった作品によって見事に果たされ、高い評価を得ている。また、氏が現役を退いた後、「モデル・アニメーションの天才」の名を継承していた【フィル・ティペット】は、もっと残酷な形でモデル・アニメーターとしての人生に引導を渡されたものの、その表現ツールをCGに倒置することで、豊かな経験とテクニック、溢れるイマジネーションをディジタル・エフェクトに見事にシフトさせ、現在も第一線の視覚効果クリエーターとして活躍しているではないか。

 老骨にムチ打ってまで御大を引き戻さずとも、ハリーハウゼンの思惟は現在の視覚効果の場でキチンと息づいているのだ。



 少し駆け足だったかもしれないが、以上が所感を交えたハリーハウゼンの講演レポートである。

 フレーム・インの席上で公にしたが、氏は近い将来、自伝を出版するそうだ(そのロイヤリティ絡みのせいか、会場ではやたらと録音や録画、写真撮影にナーヴァスな態度を示していたが)。その内容は、果たして彼が培ってきた技術のノウハウを仔細に明かすものなのか、あるいは歩んできた人生をただひたすらに回顧するものなのかは現時点で定かではない。だがいずれにせよ、その自伝が視覚効果を志す者のバイブルとなり、特撮映画を語る上で重要な史書となるであろうことは想像に難くない。その本が日本でも翻訳され、我々の手元に到ることを大いに期待したいものだ。

 それが、トクサツ者の切なる願いである。


 最後に、「エイジ・ツブラヤ(円谷英二)は頭のいい仕事をしているが、着ぐるみという手法が私にとってエキサイティングではない」と『ゴジラ』批判をしていた氏が、アメリカで作られた『GODZILLA』に対してはどういう見解なのか、それを訊けなかったのは少し心残りだった。まぁ、また次の機会があるだろう。


  しかし、生ける伝説も御歳(以下略)・・・・。



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