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今月号の原稿依頼では「お金がない」という統一テーマが設定されている。しかし、個人的には今回の不景気による「お金のなさ」にはとんと実感が湧かない。なぜなら、すでに皆さんもご承知のように、私は今も昔も一貫して貧乏だからだ。お金が潤沢にあったという状態なんか一度も経験したことがない。一般的なニホンジンのかたがたは、いわゆるバブル時代と昨今の経済情勢を比較して「不景気になった」とグチを言うことができるのだろう。しかし私は、景気に関してグチを言えるほどイイ思いをさせていただいた覚えがまるで無いのである。 何を隠そう、その私がいま自分の人生で最大のバブルを謳歌しつつある。いや、本当なんだってば! 以下で理由を説明しよう。 私が日常的に買う奢侈品といえば、CDやLDなどの円盤類(正しくは「円盤上に記録された電気信号」)である。それらの市場では、過去2〜3年間にわたって劇的なデフレ現象が発生しつつあるのだ。オーディオ/ヴィジュアル・ソフトの平均的なクォリティがリマスターによって著しく向上した反面、ソフトの定価がガタガタガタガタと下がっていったのである。 この破壊的ともいえるすさまじいデフレの実例を挙げてみよう。たとえば、コンパクト・ディスクが出始めの頃には1枚物のアルバムが3500円から3800円で売られていた。それが今や中心的な価格帯は新譜で1枚2500円から2300円になり、廉価盤なら1000円台で買えるようになった。同様に、かつて映画のLDは1枚2面の商品で9800円という値段が普通だったが、今なら物によっては2枚組3面の新譜でさえ5000円以下で手に入る。つまりAVソフトの世界では、商品価値に対する価格設定が一時期の半分から3分の1程度まで切り下げられてしまったのだ。しかも、この試算は物価の上昇を計算に入れない単純比較であり、またクォリティの向上というファクターは除外してあるので、実際の切り下げ率はさらに高くなる。実質的な値下げがこれほどドラスティックに、しかもこの短期間に進行した業界というのは他に例がないのだ。この不可解な現象の発生原因は、いまだに解明されていない。そのうち「クローズアップ現代」で取り上げられるんじゃないかと私は期待している。 メーカは苦しんでいるに違いないのだが、ユーザである私は笑いが止まらない。気味の悪い話だが、最近は寝ていて自分の笑い声で目がさめることもあるぐらいだ。こんなに幸せな体験は、オギャアと生まれてこのかた初めてである。幸せすぎて、こわい。 そこへ追い討ちをかける如く、ルーブルの切り下げに匹敵するような大規模な通貨不安が昨年のAVソフト業界を襲った。謎の円盤D.V.D.の出現である。もちろん私は、すかさず髪をプラチナブロンドに染めてマッシュルーム・カットにし、沈着冷静にD.V.D.迎撃の準備を整えた。 DVDの登場によって映像ソフトがCDサイズになり、LDに比べて取り回しや保管や万引きが格段に楽になった。そればかりか、長時間収録が実現されたおかげでディスクを裏返す手間が解消され、音質・画質はムチャクチャに向上。タイトルによっては今まで見たこともないような特典映像まで付く。これで値段が1枚3800円とか3400円。黙って買えば2万や3万も取られる米国プレスの輸入LDボックスセットと同等の内容で、この安値なのである。これはもはや気狂い沙汰というべき状況だ。 昨日もワーナー・ホーム・ビデオの社員氏と話をしたのだが「どう考えても今のDVDの値段は安すぎる」「現在の状況は根本的におかしい」「絶対にヘンだ」ということで意見の一致を見た。貧乏人の私には今まで縁がなかったが、これこそがユダヤの陰謀というやつかも知れない。もちろん私は大歓迎である。万一これが本当に彼らの陰謀だとすれば、私は一生イスラエルに足を向けて寝られない。だって『2001年宇宙の旅』のDVDってば、あの驚くべき高画質でたったの3400円なんだよ。ズイブンだぜ、ズイブン・ブン・ブン Baby,Baby! 不景気のメリットは、まだある。コレクターが活用しないまま無意味に退蔵していたソフトを中古屋に売却する動きが強まるからだ。これによって、中古ソフト市場が活性化し、同時に中古ディスクの実売価格が下がることが期待される。 特にLDはDVDに駆逐されて形勢が悪いうえ、すでに店側が大量に抱えている在庫の動きが鈍いため、昨今の中古LD市場は暴落に近い値下がりに見舞われている。そのうちLDが見直されれば値を戻す可能性もあるが、いずれにしろ今がLDの買い時であることは間違いない。いま映像ソフトのコレクションを目指すなら、LDとDVDの両方に対応できるよう、迷わずパイオニア製のコンパチ機を買うべきだろう。 といった理由から、いま私は真剣に「もっと劇的に景気が悪くなってほしい」と願っている。死にたい人間はサッサと死ねばよい。それが運命ならば仕方なかろう(ただし、何度も繰り返し申し上げているが、JR中央線の電車に飛び込むのだけはご遠慮願いたい。沿線に住んでいる者として、非常に迷惑だからだ)。ユーザの可処分所得がこのまま順調に減少していけば、メーカ側はソフトの価格を引上げるわけにゆかず、ますます値下がりに拍車がかかる。しかし、値段を下げたからといってソフトのクォリティを落すとユーザのソフト離れが起きる。かくて「景気が悪化すればするほど、ソフトの値段が下がって品質が向上する」という、悪魔の好循環が加速されると考えられるのだ。 実際、景気が悪化してからというもの、紙ジャケット入りのCDや映像特典満載のヴィデオグラムなど、明らかに度を越して手間ヒマをかけたソフトがバンバン出てきている。出来不出来はともかく造れば造っただけ売れた好景気時代には考えられなかった傾向だ。私などは嬉しくて仕方がない。実はユーザの立場というのは弱いもので、メーカ側から提示されたソフトを買うかどうかという受け身の選択しか与えられていないのが現状だ。個々のソフトの内容が充実すると同時に、有効な選択肢が増えることがユーザの幸福に直結している。この観点から見れば、まさに現状は不景気さまさまといったところであろう。 長年ソフトを買ってきたユーザの立場から言わせてもらえば、かつてゴミみたいなソフトを高値で売りつけられたというバブル時代の苦い記憶が鮮明に残っている。この恨み、忘れようとしても簡単に忘れられるものではない。あまり考えたくない事態だが、不幸にして早い時期に景気が回復するようなことがあれば、先に述べた好循環が断ち切られ、AVソフト市場はたちまち元の木阿弥になってしまうだろう。恐るべき暗黒時代の再来だ。誰が何と言おうと、そんな馬鹿げた事態を許すわけにはゆかない! 景気が良くなっては困るのだ。そうだろう? ソフトメーカ各社には、取りあえず倒産しないよう慎重な経営を心がけつつ、今後もサーヴィス満点の優れたソフトを、さらなる低価格で提供し続けてくれることを希望する。中には、今までさんざん利益を挙げてきた怪獣映画をDVD化する際に1枚9800円などという時代錯誤的な値段を付けようと考えている不遜なメーカもあるようだ。とんでもないぜ! そんな会社はサッサとユニヴァーサルか20世紀フォックスにでも買収されちまうがいい。仮にそうなったとしても、迷惑するユーザは一人もいない。 私が浮かれている理由は大方お分かりいただけたのではないかと思う。現在の私の幸福を邪魔する者は、一人として存在しない。なにしろ私には過去半世紀で最も無能だと評判の内閣首班が味方についているのだ。隣国への侵出か自国内の革命を心配せねばならなくなるのが本当の不景気だが、どんなに景気が悪くなっても戦争やクーデターや革命の心配だけはせずに済むというのがニッポン国に住む最大のメリットなのである。世界的な、或いは歴史的な常識で言うなら、路上で餓死者が目につくぐらいでなければ本物の不景気ではない。先進国といわれている国々を見ても、おしなべて戦後の失業率が1割を切った時期というのは稀である。現在の日本が不景気だなんて言ったら、マルクスやレーニンやローズヴェルトは腹を立てるに違いない。 だからBaby,さあ今夜は何のディスクを買おうか? まだまだ不景気、終らなそうだ。とうぶん退屈させないぜ。 |