news.gif

王立宇宙軍秘話

 『王立宇宙軍』の話をしよう。
 『オネアミスの翼』という題名で87年に公開された映画だ。いや、なんでこんなタ イトルに変更されたかも色々あるんだけど(例えばバンダイのナベさんが『リイクニ の翼』というタイトルを口に出しちゃった、とか)、今回はその中の「お金」にまつ わる話。
 当時、大阪でDAICONフィルムというアマチュア映画サークルをやっていた僕 は、たそがれていた。サークルの金銭問題の不祥事とか僕個人のプライベートなバカ 事とかが重なって、もう僕は誰も信じたくない気分。
 監督の山賀君もたそがれていた。次に作る作品のアテもなく、なんか八方ふさがり な気分だった。
 仕方なく、我々は毎日のように話し合った。
なんせそれしかすることがないもんだから、話し合いはいくらでも続き、架空の「次 期作品」への期待、というか掛け金は膨大になる一方だった。
「このまま終わったら、オレたちバカだぜ」
 これが当時の偽らざる、我々の心境だったのだ。そこで僕が「希望と約束の地・東 京」へとコネを求めて訪ねたのが井上博明氏。当時は某製作会社のプロデューサー、 現オニロの社長である。
「プロでアニメ、作りたいんだけどさぁ」
 と相談する素人同然の僕に、井上氏はいろいろとアドバイスしてくれた。
「まず、どんなコネを持っているかを、リストアップしよう」
 そこで出てきたのがネットワーク社員の渡辺繁氏、現バンダイビジュアルの社長で ある。このあたり、ほとんど経団連会長自伝のノリであるな。
 さて、訪ねた当時、渡辺氏はたそがれていた。いや、仕事にはそんな様子は見せな いんだけど、「ウルトラマンになって、子供たちに夢を与える!」と志望した会社ポ ピーはバンダイに吸収。「能力のあるスタッフに正当な評価を!」と押井守や成田亨 にチャンスを与えようとしていたけど、平社員の立場ではそれにも限界がある。そこ へ大阪から素人が「オリジナルでアニメ、作らせてくださ〜い」と来たわけだ。
 貞本義行がクシャクシャの紙に描いたペンシル画、ちょっとミヤザキっぽいけど、 なんとなくオリジナリティがあって、なによりも清潔なカンジのするイラストに渡辺 氏は飛びついた。
「なんか岡田さんの話は観念的でわかんないとこもあるけど、これはいけます!」
 まぁそれからも紆余曲折あったけど、これが契機で「バンダイ社長の前で直接、プ レゼンする」というチャンスを僕は得たのだ。
 この頃になると「プロでアニメを作る←その前にアニメスタジオを作る←その前に スタッフを集める←その前にどんなアニメ作るか考える」という、今世紀空前の泥縄 作業真っ最中の僕にも、「ひょっとしてオレって、とんでもなく運がいいのか?」と いう自覚が生まれてきた。アニメ界を制作進行という丁稚から這いあがって、甘い夢 にはダマされない井上氏ですら、「岡田君と一緒に、会社作るか」と言ってくれるよ うになった。
「山科社長は、ちゃんと話せば必要なお金を出し惜しみする人ではありません!」  渡辺氏の力強い励まし、というか背中を後ろからドン!と突き出すセリフに乗っ て、僕はこの際、必要とするだろう全予算の見積もりを立てはじめた。
 こういう時、シビアな計算をするのが井上氏だ。
「動画?それも庵野君が原画描くんだろ?じゃ通常の劇版予算では、どこも受けてく れないよ。倍だね」
「設定予算?レンズマンで経験あるけど、あれはいくらでも膨れ上がるぜ」
「製作費、っていうのは、要するに製作期間に比例するんだ。安い作品は早い作品。 長く続ければ、その場では予算かけてないつもりでも、決算したときに青ざめること になる」
「金は追い込み時期にバラまいても意味がない。それはヤマト(西崎義典)のやり方 だ。『三日で仕上げてくれ!』と言っても、それこそ目の前に札束積み上げても断ら れる。結局、クオリティの高い作品を作るって言うのは、スケジュールを管理する、 という意味になるのさ」
 さすが24時間手塚アニメで鍛えられた、つまり「アニメ界の地獄を覗いた」猛者で ある。もうその発言のリアリティに、僕も山賀君も圧倒された。
「でさぁ、バンダイの社長にプレゼンする予算だけど、いくら要求する?」
 僕たちは原動画単価からラッシュ用16ミリフィルム料金、追い込みでバラまく金ま で計算して、さらにそこに予備費を加え、そこに我が社利益として20%を加え、さら にそれら全部を1.5倍したのだ。
「いくらなんでも3億あれば出来るだろう。それより問題は、こんな野放図なという かあつかましい予算が通るかどうかだな」
 慎重派の井上氏ですら、この予算にOKを出した。山賀君も「いやぁ、マクロスと かで僕も見ましたけど、3億なんて使いようがないですよ」と確約した。
 念のため渡辺氏とも事前に協議したけど、「あんまり無茶苦茶な予算言うと、フッ かけてる、と敬遠されますよ」と脅されて、僕たちはちょっと弱気になった。
「じゃあ、あくまで3億は楽観的目標金額で、2億5千万あたりを目標にして、2億 を切ったら、一度この話は降りる、というラインで」
 僕と井上氏、山賀君はこのあたりでいこう、と話し合った。
 さてプレゼン当日、普段着のままの僕は、バンダイ本社で取締役連や社長を前に、 とにかく語りまくった。
 この作品の目指す意義や歴史的意味。アニメ界の現状と展望。諸外国へのソフト産 業の輸出など、いま現在メディア界で語られている問題やトピックなどは、ほとんど この場で説明したと思う。
 たぶんリアクションは良かったんだと思う。その場では何も返事を貰えなかったけ ど、「場をあらためて、もう一度社長と」という話に持ち込んだ。

 銀座のフランス料理店が、社長との決戦場だった。
 看板も出ていない高級な料理店。客一人につきウェイターが一人背後について、軽 く人差し指を挙げるだけで駆けつけてくる、そんなレストランだ。供された鹿の腿肉 の味は、正直、憶えていない。
 食事の途中に、山科社長は「で、岡田さんは、いくら必要なの?」と聞いた。「そ の作品には」ではなくて「岡田さんは」である。
 いける!
 僕は確信した。
 「3億6千万あれば、充分です」と答えた。隣席の井上氏が息を呑んだ。
 ワイングラスをチラリと見る。大丈夫、指は震えていない。
 山科社長は僕を見て、「いいよ、出しましょう」と答えた。
 食事後、軽く握手した僕に山科氏は「正直、どんな話かわかんなかったけどね」と つけ加えたのだ。

 さて、ここまで長々と書いてきたけど、これだけで終わったら単なる武勇伝・自慢 話のタグイだ。「絶対に大丈夫」「3億もアニメで使えっこない」という大方の予想 を裏切って、『王立宇宙軍』はアニメ史に残る大暴走を開始した。とにかく現場に、 設定に、取材に、環境にと金をつぎ込み、あっというまに3億6千万円は消えてしま った。井上氏も山賀君も呆然とした。「6千万残ったら、次回作の準備にあてよう」 という思惑もとらぬ狸のなんとやら、きれいさっぱり金を使い果たして、オマケにま だ制作の途中、いよいよこれから土壇場で金をバラまかなきゃいけない、という瀬戸 際だ。
 その時、どうやって金を工面したかは、まぁもう忘れてしまった。でも楽しかった のだけは憶えている。まったくの素人がアニメ史上に残る(当時)大予算で、しかも それを使い果たしてしまったのだ。借金までして、作品を完成させたのだ。僕として は、これ以上ない大満足であり、経営者として失格、という烙印でもあった。
 最近、僕のことをなにか誤解して「岡田さんにはプロデュース能力がある」だの 「岡田さんがいたころのガイナは経営的に健全だった」だのと言ってくれる人がい る。
 わはははは。大間違いだ。
 僕の本質は、ここに書いたとおり「いくら金があっても貧乏できる男」である。予 算管理や組織運営には、もっとも向いてない人間なのだ。
「あと3億あれば、『王立宇宙軍』の完成度を2%ほど引き上げられたに違いない」 と今でも思っている。そしてその時、もし3億拾っていれば、間違いなく使ってしま ったに違いない、禁治産者なのである。 (編集長:岡田斗司夫)



bot.next.gif