●「機動戦士ガンダム」富野由悠紀ロング・インタビュー ガンダムの子どもたちへ/文・切通理作(別冊宝島293 このアニメがすごい!)
アニメで初めてリアルな戦争を描き、「ガンダム世代」を生み出した鬼才・富野由悠紀。現場を離れ小説家としての活動が続いていた彼に、いよいよ復活の時がきた。
沈黙を破りつつある富野に問う、親子とは何か。戦争とは何か。「ニュータイプ」とは何か。
そして「ガンダム」とは何だったのか---。
・・・(中略)「ガンダム」最初のテレビシリーズから主人公のライバルとして登場し、貴公子然とした美丈夫で、当時の女の子ファンを引きつけていたシャア・アズナブル。富野は以前のインタビューで、オウムの上祐史浩のような幹部がテレビに出演し続けているうちにアイドル視されてしまう土壌を、メディアで自分も作ってしまったと語った。まさしくあの上祐も、人間の科学は自分の生きている間には進化しないと、宇宙開発事業団を辞め、ヴァジラヤーナを目指したのだった。
「そういう気持ちは、ハナッから僕のリアリティですよ。アニメの中の架空の話ではなく、リアリズムで天誅はありなんじゃないかと思う。天誅を下せる立場に立てたらいいな、とも思ってます。僕はシャアのキャラクターそのものには愛着はないけれど、彼を通していちばん言いたいことをかなり喋っちゃったってのはありますね」
我々は、現在手に入れているシステムをコントロールしきれないんだから、本当は放棄すべきだというのが富野の考えだ。
「古代ローマの本を読んでて、紀元前の人のメンタリティっていうのは、とても大事にしなくちゃいけないと思いました。古代ローマ時代に、人間っていうのは今以上にいい形でシステムを機能させることができた。人間が少ないから目配りが効いたんだ。つまり、百万とか億という単位のマスになった時には、古代ローマからあるようなシステムとは違うシステムを構築しなくちゃいけないはずなんだけれど、なんせ億の単位になって日が浅いじゃないですか。だって人口増加のグラフを見ても、急激に増えたのはこの四、五十年なんです。ホントの意味でのマスとシステムの関係と、そのマスの中に閉じこめられているエゴと個の問題。それをきちんと使い分けるシステムを持っていないのに、社会を動かすシステムだけで動いてしまっているっていう、この間違いが一番大きい。で、この二十年、ガンダムなどで語ってきた、人間が多すぎるんだから殺しちゃえっていうのは、やっぱり正義だなと思わざるを得ない」
富野の話を聴く場合、インタビュアーはあることを覚悟せよ、とライター・編集者間で囁かれている。それは、主に新聞記事から実例を取った、現代社会がいかにシステムに縛られているかという話を長時間、膨大な量聴かされることだ。私の場合も、前回は阪神大震災の際の企業の建築不備隠しや福祉施設の食堂でのキャベツ切りの機械化による風紀の乱れ、今回は生鮮食品の備蓄量が全体の10%を越えているため我々がたとえば新年に買う荒巻ジャケが十年前のものかもしれないという可能性、などを拝聴した。・・・(後略)