ed.king.gif007-2/12 オウムと援助交際で一躍有名になった宮台さんも「ゲームおたく」を解説だ
 

<ゲームオタクが日本経済を救う。>(ダイヤモンドtype 1996 12/10日号)

現実とゲームはもはや区別できない(宮台真司 談)
・・・(中略)最近、ストーカーという言葉が話題です。これは「つきまとう男」という意味。相手の女性にどんなに拒絶されても、「君は本当は僕のことを好きなんだ」という妄想で、どこまでも追いかけてしまうのですが、ゲーム文化を論じる前に、すでに現実とバーチャルの区別ができなくなっています。
・・・(中略)ごっこ遊びに興奮することや、「嘘と知りつつ酔える嘘」、つまり現実をヴァーチャル化して生きる知恵がゲーム文化です。それが、決して輝かない時代のキツさを乗り切る方法なのです。



ed.yamana.gifRe 宮台氏の「人の悪さ」に君は気づいているか?


 オウム、援助交際に続き、ゲームおたくにも相変わらずの早口の解説を付けている宮台真司氏であるが、実はこの頃小林よしのりなどなどに「オウム的!!」と叩かれまくっている。でも、本人はどうせ全く気にしていないだろう。というのは、宮台氏、人権派とか、心情左翼とか、ヒューマニストとか、ようはそれぶった知識人にありがちなウェットなところが100%ないタイプなのだ。
 よく援助交際(ヤクザに管理されない自由売春)をしている女子高校生の心理を代弁してあげているが、あれで女子高校生の味方をしていると思ってはいけない。本当に「代弁」しているだけで、別にシンパシーを感じているわけでも、まして彼女たちの正しさを世間に身をはって訴えようとしているわけでもてんでない。基本はシャーレの中の粘菌の動きを報告してるようなもんなのである。

 なんでわかるか、というと、実は宮台氏と一緒にインタビュー調査をしたことがあるからなのだ。モニターを一人一人インタビュー・ルームに連れてきて、宮台氏と私はマジック・ミラーの向こうからとっくり観察する。モニターは、聞き上手のインタビューアーに促されて得々と自分のことについて語り続けている。「宮台さん、この女性、自分のファッション・センスを自慢する割に、ダサダサの格好してますねぇ」「あぁ、こういうのは、田舎から出てきたちょっと美人タイプにありがちなんですよ。田舎では美人、美人とおだてられてたんだけど、東京に出てきたら所詮十人並みで、男もちやほやしてくれない。だけど特別扱いが当たり前の美人感覚を捨てきれない。それでどうしても他人に認めさせたくてあんなにムキになるわけです」「はぁ。それでちかくの洋品店に行ってる癖に、服はみんなデザイナーズとか言うわけですね」。ざっとこんなふうに分析は進む。悪魔(社会学者ともいう)の楽しみである。
 人間の内面を解剖し、分析するっていうのはすげぇ楽しい。まして相手が自己啓発セミナーとかオウムとか援助交際とかに引っかかっている話題の症例だとなれば楽しみは更に倍加する。もう、楽しくって仕方ないだろうと思う。機会があれば混ぜて欲しいものだ。

 この点、本気で新興宗教にシンパシー感じて、一回はヤマギシズムに入信しちゃった島田裕巳せんせいとか、オウムの教義をマトモに受け取ってその正統性を弁護しちゃう吉本隆明せんせいとかとは、全く違う。要するに根本的に「人が悪い」のである。反体制ぶってるわけでも、斜に構えてみせるのが知識人だと肩肘はっているわけでもない。単に面白がってるだけだ。こういう相手に、まともな社会常識をタテにゴーマンかましても、暖簾に腕押し、糠に釘。逆にまた早口で分析されてしまうのが落ちである。
 というわけで、宮台氏、チベット修行で「第三の目」を開け、「人の悪さ」レベル99に達している中沢新一せんせいと共に、すっかり無敵モードに入っている。あとはもうちっと話芸を磨いて欲しい(「終わりなき日常」や「嘘と知りつつ酔える嘘」も、ビューティフル・ドリーマーちっくでいいんだけれど、いかんせん早口でインパクトが残らない)。そうすりゃ、ワイドショーでの活躍の機会もグンと増えるハズである。
OYOYOS.gif

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