ed.karasawa.gif005-1/9 「愛だろ、愛」−−−吉田文豪人生劇場 男の墓標 第12章 つのだじろうの巻/文 吉田文豪(中州通信No128.1997年3月号)
 

 つのだじろうという漫画家は、同じ世代の藤子不二雄や赤塚不二夫、石森章太郎などに比べてどうも正体がつかみにくい。昔、『忍者あわて丸』や『ブラック団』なんかを描いていたときから、純粋なギャグマンガ家じゃないような絵柄、作風だったし、一転、『悲しげな女が踊る』のような女性劇画(手塚治虫から代表作と言われたそうだ)を描いても、なにか他のいかにも劇画々々した劇画に比べ、どこか違うような座り心地の悪さを感じていた。
 つのだ先生がその本領を発揮したのは、やはり1970年代、少年マガジンの読切シリーズ『亡霊学級』を皮切りに、心霊マンガを続々と手掛けはじめてからだろう。そのころからだ、つのだ先生がそれまでのトレードマークであったベレー帽をやめて、和服姿になったのは。それがあまりに似合いすぎていたため、某出版社のパーティで、ある若手漫画家が、彼をてっきり、今日のパーティの余興に呼ばれた落語家と間違えて、 「師匠、今日の演し物はなんですか」
 と聞いてしまい、つのだ先生が烈火の如く怒った、というエピソードもある。先生はそれ以来、和服の上にチャンチャンコを羽織るようになった。落語家はチャンチャンコを羽織ったりしないからである。

 ところで、つのだじろうのそのマンガ家生活の転機になった事件が、かの梶原一騎とのトラブルになる「詫び状事件」である。くわしくは斎藤貴男『評伝梶原一騎・夕やけを見ていた男』(新潮社)を読んでもらいたいが、要するに梶原の横暴に耐えかねたつのだ先生が、オカルトマンガの中で、梶原とその実弟の真樹日佐夫に対する呪いの文句をおそまつなアナグラム(文字の置き換え)で書きつけたことにある。
 この吉田文豪のエッセイは、斎藤貴男ですら「敢えて解読は試みないでおく」と遠慮したその呪文をぬけぬけと「暗号解読に関しては金田一少年レベルを誇るボクがあえて通訳すると」
 などと言って、平文にオコしている。同じ「あえて」でも、人が違うとこう使用法が違う。これ、中央の出版社の雑誌でこんなことやったら、つのだ先生の苦情が絶対来る。こういうことをツラリとやってのけられるのが、この『中州通信』のような地方(福岡)の出版物の強さだよな。そして、吉田は、この後も、つのだ先生の霊にハマった言動に、どんどんとスルドい突っ込みを入れているのだ。
 曰く
「つのだ君はこれらの事件を“霊とは関係のない仕事をしようとすると霊界が許さず(中略)ことごとく失敗してしまうため”と表現しているが、何か巨大な現実から目を逸らそうとしているとしかボクには思えない」
 また曰く
「そしてつのだ君は“来年から週刊女性で銀座のホステスものを描く”と、『劇画・マンガ家オール名鑑』一九七九年版、すなわち『詫び状事件』の直後に公言していたが、ボクが調べた限りではそんな作品が発表されることはなかったのである。なぜか同時期、銀座のホステスを描いた真樹先生の名作『ゆうとぴあ』が週刊ビッグコミック誌上で発表されたりもするのだが、これも霊界の思し召しなのだろう」
 うーん、キツいなあ。しかもトドメに吉田は、梶原関連のことを自分のマンガ歴の中から抹殺しようとしているつのだ先生の油断に乗じて、梶原一騎原作の『虹をよぶ拳』にサインをしてもらい、
「霊界的には決して存在してはならないはず」のもの、と得意になっている。

 吉田文豪という人がどういう人なのか、私は寡聞にして知らないのであるが(たぶん、新声社の『マンガ地獄変』の執筆者のひとり、吉田豪のPNであろう)、大した文才と、ツッコミ能力と、オタク的調査能力の持ち主であることは大いに認める。少なくとも、このエッセイを読んで、僕はゲラゲラ笑った。
 しかし、笑ったあとで、ちょっと、ホンのちょっとではあるが、後味の悪さを残したことも事実なのである。それは、『マンガ地獄変』を読んで感じたのと同じ、後味の悪さだ。
 マンガを語るときに、まず表明してほしいのは、マンガに対する愛情なのだ。どんなにバカにしてもツッコミを入れてもいい(吉田の手法は、たぶん私の著作などをヒントにしたものだと思う)。ただ、その底には、自分を熱中させてくれたマンガと、その作者に対する限りない尊敬の念が込められていなければ、それは単なる悪口になってしまう。愛情と尊敬とは何か。それは、マンガというものが現在ある形になるまでたどってきた歴史の中の、どこにその作家を位置づけようとするか、という、マンガ史の中での評価である。これを行わないツッコミは、ただの弱いものイジメになってしまう。作品はモノを語れないのだから。

 吉田文豪には、そういう意味で、も少し大局的な観点に立ったエッセイを望みたい。才気はむちゃくちゃにあることは認めるから。
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