四角い電脳ジャングル 第三回/UWFとは何だったのか(続)2.猪木から前田へ・・・UWF革命の成功 最初の解題は単純である。 アントニオ猪木が、カール・ゴッチを使い、格闘技世界一決定戦を使って世に示したこと。つまり、普通のプロレスと「真剣勝負」の間のズレ。 これがファンの間に知恵熱を生んだ。プロレスにどうしようもなく魅力を感じる自分と、にもかかわらず、そこに次々とインチキを見つけていってしまう自分との間の自家撞着。レスラーにもほぼ同様の症状が発生する。異種格闘技戦に勝つために、あるいは道場破りを叩き潰すために必死で覚える技術と、「仕事」として、先輩レスラーとお客さんの目を気にしながら出していく技術との間の深い溝。 セメントを、ガチンコを、シュートを、何と呼んでもいいから真剣勝負さえやってくれたら、あるいは会社がやらしてくれたら、この気持ち悪さはなくなるのに。世間から○百○と言われ続ける負い目はなくなるのに。平たくいえば、まぁ、こんなところである。 で、長年のこのコンプレックスと欲求不満を解消したのが、UWFだったわけだ。 でもね、これで済めば世の中問題ないんである。 というか、これで済むんだったら、20世紀初頭、プロレスがビジネスになって以来のほぼ一世紀にわたる歴史はそもそも存在しないんである。 前回(読んでない人はバックナンバー見てね)書いたように、そもそもプロレスがなんでメルヘンかと言えば、メルヘンをやらないとお客さんが入らないからだ。興行として成立しないからだ。 相撲やボクシングと違い、レスリングというものは、どうも真面目にやると面白くないものらしい。特に、寝技制限なしのフリースタイル(現在のプロレスの原型にもなったもの)はつまらない。なにせ、あの頑固なカール・ゴッチですら、アマレスのフリースタイルの試合は、退屈で、退屈で、見ていられないというだから、筋金入りのつまらなさである。 だから、プロレスは、見せ技をすることにしたのである。相手の技を受けてあげることにしたのである。つまりは暗黙のルールとやらを作ったのだ。「シュートを越えたところにプロレスがある」という馬場さんの発言は、歴史的に言えば、100%正しい。 にも関わらずUWF革命は成功した。 一つの理由は、UWF、特に新日を突如解雇された前田が88年5月に作った第二次UWFには、常に、「最強神話」がついて回った、ということだ。UWFにいけば世界最強の男が見られる。確かにこれにまさる宣伝文句はない。じゃあ、なんで「UWFは世界最強」だったんだろうか。何かそれを証明するようなことをしたんだろうか。 残念ながら、今の時代、どこにいったって天下一武道大会みたいなもんは存在していない。だから、UWFの選手は、マイク・タイソンとも、柔道の山下とも、千代の富士とも、別段試合はしていない。というか、そもそもそんなことをする必要もなかった。なぜなら、前田日明との対戦から、かのアントニオ猪木が逃げたからだ。ボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメッド・アリを追いつめ、柔道金メダリストのウィリエム・ルスカを一蹴した「格闘技世界一」の猪木が逃げた。しかも、UWF所属の選手同士で潰し合いをさせたり、対戦相手にガチンコを仕掛けさせて前田を潰そうと工作したりといろいろ派手な策謀を巡らした挙げ句、「タッグマッチ中のカットプレーで相手レスラーに怪我をさせたのはプロレス道にもとる」とふざけたことをいっていきなり前田を解雇、という滅茶苦茶な逃げ方をした。この事実だけで、プロレス・ファンにUWFの最強を納得させるには十分だったのだ。 猪木は、新間寿と共に、借金で火だるまになって世界最強という称号をようやっと手に入れた。それを、闘わずして(つまり一銭ももらわずに)、前田UWFに明け渡してしまったわけだ。気前のいいこともあるもんだ。 こう考えていくと、UWFというものを作ったのも、そこにわざわざ世界最強の名を譲り、大ブームを巻き起こす素地を作ったのも、共に猪木、ということになる。自分の手で、自分の企業の最大のライバルを作ってんだから、全くもってご苦労様なことである。策士、策に溺れる、というかなんというか。ここまで来るとちょっとお笑いぐさである。 かくしてUWFは世界最強となった。 メルヘンもなく、従って、知恵熱も妙な欲求不満もみ〜んなすっきり解消してくれる上に、世界最強。一見、非の打ち所はないように思える。 しかし、だからそのまま万々歳、というわけにはいかないのが興行の難しいところだ。真剣勝負大賛成、世界最強も確かに結構。でも、それで興味を惹かれて見に行ったとして、試合がつまらなきゃ、折角のブームもあっと言う間にしおしおのぱ〜。すぐに行き詰まるのは目に見えている。新日にしたって、格闘技世界一決定戦自体はお世辞にも「面白い」とは言いがたいものが多かった。それはそれとして、普段のプロレスの試合があるから興行として成り立ってたりしたわけだ。たとえメルヘンとわかっていたとしてもね。 別の言い方をすれば、たとえ世界最強だろうと、それだけでは、やっぱり、馬場さんのいうところの「シュートを超えたところにあるプロレス」の代わりにはなりゃしない、ってことだ。まだ答えにはほど遠い。 どうやって「お客さんを満足」させたんだろうか。 |