HEADPHONES.gif


manga.r.gif大塚英志のおたく社会時評 第四回
あの頃のこと。書いておきたいこと。
 


事務所を片付けていたら岡崎京子の昔の原画が一枚だけでてきて(その他にも早坂未紀の「フリス」の原画だとか、三留まゆみの女優時代の写真なんてのもでてきた)、多分ぼくが白夜書房にいた時使ったカットか何かだと思う。そういえば岡崎京子は事故った後、どうしているのだろう。事故の知らせはある出版社の営業からの「岡崎さんが交通事故で亡くなったって本当ですか。だったら単行本増刷しようと思うんだけど」というとんでもない電話で知った。ぼくに聞かれても困る。もう10何年も会ってないんだもの。そんなことは初耳で、結局、次の日だか新聞でかなり重傷だということを知った。



彼女はそのことに一切触れていないので詳しくは書かないが、彼女はぼくの雑誌で初期作品のいくつかを書いた。覚えているのは当時ぼくの回りにいた無名の作家の中で彼女だけが「石にかじりついてもまんが家になりたい」的なことをいっていたことで、彼女からこちら側、エッチ本でちょっとカットとか書いている内にマガジンハウスから依頼来ちゃって的なデビューをする女の子のまんが家が増えたけど、多分、それを最初にやった彼女は色々大変だったんだと思う。
 その彼女が作品を発表していた雑誌の版元とぼくはケンカ別れしたんだけど、その原因はぼくの友人のだったまんが家が死んで(部屋で死んでいるのをぼくたちが見つけた)そのことを知った版元がその場で彼の作品を重版しようとしたからだった。青くさいのかもしれないけれど、まあそういうことだ。岡崎京子のことを電話してきた営業の人間のことを書いたら、ふとそのことも思い出した。それだけの話だけれど、彼が生きていればマニアックなまんがの世界では彼が確実にトップをとっていたろうな、とも思う。昔の話だけれど。



ところでその雑誌のことは海外の何かの文献にのっているらしく、たまに取材にやってくる海外のジャーナリストから必ずそのことを聞かれる。でもただのエロ本だったんだよ。どうしようもないぐらい。可愛かずみのヌードグラビアとかのっけてたけど全然うれなかった。そんだけの雑誌だった。(可愛かずみも死んじゃったな、そういえば) 結論は別にない。
 あの頃のことは別に懐かしくもないけれど、あの頃の岡崎京子が死ぬ程まんが家になりたくてエロ本でがんばってたことや、同じように死ぬほどまんが家になりたくて、けれども本当に死んじゃった奴がいたことぐらい、思い出したついでに書いといてもいいような気がしただけだ。元気でいる人たちのことは思い出しもしないが、死んじゃったり、つらい状況にある人のことはこうやってたまに思い出す。岡崎京子もはやく元気になって、そうして彼女のことなんかまた忘れてしまえるようになればいい、と思う。

 死んじゃった友人の名前は、かがみあきらといって(同名のSF作家とは別人)、ぼくの雑誌では”あぽ”という名前で書いていた。

[前のページへ]      [次のページへ]