その後竹熊さんは、エヴァの監督・庵野氏に対するインタビューを中心にした評論本を作り始めた。
 僕が見る限り、竹熊さんはエヴァンゲリオンという作品にではなく、クリエーター庵野秀明にハマったようだった。僕も人にハマる方なので、よくわかった。
 偶然、その頃はアクロスで竹熊さんとの対談を連載していたので、僕は竹熊さんと定期的に会っていた。
 対談終了後の話題は、いつもエヴァのこと、特に庵野監督の事に流れた。僕は、庵野監督とは彼が20歳の頃からのつきあいだったので、色々と知っている事も多いし、思いも複雑だ。竹熊さんと飲み屋に行って、何時間も話し込めば、普通なら話さない話題も、ぼろぼろ出てくる。
 ところが、竹熊さんは、僕が言ったことを庵野監督にそのまま話したらしい。僕は、まさかそんなことをするとは思っていなくて話しているので、当然、庵野監督は激怒する。それも、一番ナーバスになっていた時期だから、なおさらだ。そして竹熊さんにバシバシと反論して、本音を吐き出す。それを、竹熊さんは、又次の対談の後で、それを僕に伝える。僕も単純な方なので、カッとして又言い返す。
 そんなことを何回か繰り返しているうちに、僕と庵野監督とは、すっかり絶縁状態になってしまった。
 いくら竹熊さんのすることでも、これはあんまりだ。エヴァにハマっているからと言って、許されることではない。さすがに、僕も腹が立った。

 が、出版された本を見て驚いた。
 こうまでしなければ、決して書かれなかったであろう庵野監督の内面が、見事にさらけ出されていた。これでも、編集段階でずいぶんカットされたということだから、その前はもっと凄かったのだろう。同時に、庵野監督が語る言葉の中に、竹熊さん自身も浮き彫りにされていた。
 一時期、オウムを語るという形式の中で、自分自身の価値観を語る、という評論の仕方が多く見られた。しかしこの本は、その手の安易なものではなかった。ああいった類の本は、たいてい、自分がオウム事件を通して感じたこと、オウム事件にかこつけて言いたかったことを、そのまま安直に書いてしまっている。
 が、この本は違う。この本は、多くの部分が庵野監督やスタッフの言葉で構成されている。にもかかわらず、僕にはこの本ほど竹熊健太郎らしい本はないと感じた。竹熊さんは、庵野監督にインタビューすることで、自分自身の悩みや価値観を、庵野監督の心の中から掘り出すことに成功したのだ。
 僕はそれまで、評論というのは、冷静な分析や位置づけが大切なのであって、その作品にハマっているヤツにまともな評論など書けるわけはないと考えていた。そんな僕に、この本は大ショックだった。同時に、作家・竹熊健太郎の底力を思い知った。

 読み終わったその場で、僕は又、竹熊さんに電話した。
 電話で「実は僕は、凄く怒っていたんです。でも、そのおかげでこんな凄い本が出たんだから、僕はもういいです。僕がいろいろ腹が立ったり、傷ついたりしたというデメリットと、この凄い本が日本で出版されたというメリットを相殺すると、プラスになります」と伝えると、竹熊さんは「僕も、岡田さん怒ってるだろうなぁ、と覚悟していたんだ」とほっとした声で答えてくれた。

 で、最近になって、ようやく竹熊さんのエヴァ熱が醒めてきた、という話をちらほら聞くようになった。僕から見ても、昔のクールな竹熊さんに戻りつつあるように見える。しかも、以前よりヴァージョンアップした竹熊さんという可能性が高い。
 僕は嬉しくて、いろんな人に、「竹熊さんがエヴァから戻ってきた」「生きて帰ってきて良かった」と触れてまわった。で、ついでに、前々回のおたくウィークリーにも書いてしまった。

 これが、竹熊さんに関する発言の全容だ。
 これを、あんな短い文章にかいたら、誤解するな、という方が無理だわな。
 というわけで、竹熊さん、読者の皆様、お判り頂けたでしょうか?
 今度から、自分の表現には注意しますので、どうか今回の所は御容赦のほどを、お願い申しあげます。



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